子規の短歌③のぼさんが立った!寝たきり歌人正岡子規のチャレンジ
2017年07月22日

子規の短歌③のぼさんが立った!寝たきり歌人正岡子規のチャレンジ

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四年寐て一たびたてば木も草も皆眼の下に花咲きにけり

前回と同じく明治32(1899)年の歌。四年は「よとせ」。「始めて(原文ママ)杖によりて立ち上がりて」と前書きが付いています。

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歩けるならエベレストに

子規は明治28年、日清戦争の従軍記者として現地に赴き、激しく病状を悪化させました。松山などでの療養を経て俳句革新に取り組んだのですが、翌年から寝たきり生活を余儀なくされました。いわゆる「病牀六尺」の暮らしです。

それから4年。体調の良い時には人力車で出かけることもありましたが、前年に詠んだ「足たたば」の連作を見ても分かるように子規は自分の足でもう一度立ってみたいという思いを募らせていました。

足たたば北インヂヤのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを

足たたば黄河の水をかち渉り崋山の蓮の花剪(き)らましを


歩けるならエベレストの雪を食べてやる。歩けるなら、黄河を徒歩で渡り、崋山(断崖絶壁の足場などで知られる)の蓮を剪ってやる。足のなえた自分へのやるせなさ故に豪快な夢想を歌にした子規でしたが、明治32年には尻に穴が開き、座ることも困難になっていました。

楽しみを奪うな

同年8月23日付の佐伯政直宛(年上の従兄弟)の手紙には歩くことへの強い希望が綴られています。

歩行く事を只今計画中に御坐候 何を申すにも尻痛み候こと故坐るにハ故障多く候へども歩行ハ尻にさはらぬ故存外成績よからんかと楽ミ候 それにハ両脇を支へる杖二本必要に御坐候処其杖価貴く二円半と申故一寸躊躇致候へとも歩行の念やみがたく候ヘハ二三日中に購可申存居候

子規の月給は40円でしたが、小学校教員の初任給が10~13円の時代。2円半は高いですね。危ないから無茶はやめろと言う人もいたようですが、子規は言います。「人間いつまでも石のように寝てばかりいられない。回復の望みがあるなら半年や1年の辛抱はできる。死を待つだけの人間は少しでも楽しいことがあれば楽しみたいんだ」と。

この時の子規は医師に大好きな果物を控えるように注意されたばかり。「寝てばかりでは肉体上の楽しみは食べることぐらいしかない。果物が食べられないなら生きている甲斐がない」と医者に反発したほどで、どんどん楽しみが奪われていくという思いに駆られていたのです。

せめて隣家まで歩いてみたい

政直への手紙にはこうも書かれています。「うまく行けば隣の家に行くことぐらいはできるか、汽車に乗れるようにはならないだろうか」。楽しみが減っていくばかりという切迫感の中で、子規は「あしたたば」の夢とは比ぶべくもない「歩いて隣家に行く」というささやかな夢を実現させようとしたのでした。

無念の中で

ところが、現実は厳しかった。杖を手に入れた子規が隣家の、新聞「日本」の社長(子規の雇主)陸羯南(くが・かつなん)宅を目指した顛末が、8月30日付の叔父加藤拓川への手紙にごくごく簡単に書かれています。

一昨日は杖を買ひ求め候故直に陸迄出掛候処途中にて閉口致帰りハ負はれて帰り候

どれだけ無念だったでしょう。思っていた以上に肉体が衰えている事実を突きつけられ、余命の少なさを改めて思ったに違いありません。そんな落ち込む子規を多少なりとも救ったのが「普段は病牀から眺めていた草花が目の下で咲いている」という小さな発見でした。久しぶりに味わう目線で眺めた草花はきっと新鮮に映ったに違いなく、何事も上手く行かない子規の無聊を慰めてくれたのでした。

草花は我が命

歌としてはどうと言うこともない作品かもしれませんが、「花は我が世界にして草花は我が命なり」と言い、「病牀六尺」の世界で小さな生きる喜びを見つけつつ俳句や短歌を蘇らせようと生き抜いた子規ならではの歌ではないでしょうか。

この杖を買う直前、子規は高浜虚子宅を人力車で訪ね、もてなしを受けました。西洋料理やアイスクリームを振る舞われて大満足したのですが、ご機嫌になりすぎた勢いで歩行にもチャレンジしたのかもしれませんね。

ちなみに幼少期の子規は父の実家佐伯家に手習いに通っており、今回紹介した政直はこの時期には銀行の支店長になっていましたが、以前書いたおもらしエピソードの時の人です。子規は書簡の追伸部分で「字が少しも上手くならず恥ずかしい」などと書いています。
参考文献 講談社「子規全集」第六、十九、二十二巻

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posted by むう at 16:52| Comment(2) | 子規の俳句・短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
ネットで、正岡子規の句碑を検索していたところ、こちらのブログに出会いました。

正岡子規について、多方面から書いておられ、特に恋愛については、興味深く読ませてもらいました。

松山市民で、俳句もやっておりますのに(初心者ですが…)、正岡子規のことを詳しく知らないので、今後も楽しみに読ませてもらいながら、正岡子規のことも知ることが出来ればいいなと思っています。


Posted by きみ at 2017年07月25日 19:32
>きみさん

コメントありがとうございます。
少しでも子規への関心を深める手助けになれば嬉しいです。
いろいろ書いて行こうと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

Posted by むう at 2017年07月25日 19:57
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