生誕150年 子規記念博物館特別展
2017年05月06日

生誕150年 子規記念博物館特別展

子規・漱石・極堂生誕150年

松山の子規記念博物館に行ってきました。現在、正岡子規、夏目漱石、柳原極堂の生誕150年を記念した特別展をやっています。

3人とも慶応3(1867)年生まれ。子規と漱石の友情は、よく知られていると思いますが、極堂は子規に興味のない人にはなじみが薄いかもしれません。彼は松山中学時代からの子規の友人で、子規と同じ時期に上京しました。学業半ばで帰郷し、地元の海南新聞の記者になりました。新聞の俳句欄選者に子規を起用し、地元の俳句グループ松風会の俳句を掲載したり、「ほとゝぎす」を創刊たりして子規の俳句革新を支え、子規没後は顕彰活動に尽くした人物です。子規を知るのに欠かせない一冊「友人子規」を書いた人です。

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俳句革新は松山発!

この特別展は「俳句革新の地 松山」がテーマ。子規は、明治28(1895)年、病気療養のため帰省し、漱石の下宿愚陀仏庵で52日間の同居生活を送りました。愚陀仏庵では、松風会のメンバーと句会を開き、俳句指導しながら俳句革新の書「俳諧大要」の構想を練り、俳句革新を一気に進めようとしたのでした。そうした時期の息吹を伝える句会稿、漱石や極堂との友情をしのばせる書簡、絵画、3人の愛用品などが展示されています。

子規の絵

見て楽しいのはやはり絵画や愛用品。新しく購入した子規の絵が2点展示されていました。明治35(1902)年4月の「草花図」は椿や山吹を鮮やかな色彩で描いています。左端に「麻痺剤ノ力ヲ仮リ暫時右ニ体ヲ傾ケテ匆卒ニ画キ了ル」と記されていました。亡くなる5カ月前。どうやって描いていたかがこれで分かります。しかし、子規の草花の絵はやっぱりいいな。シンプルだけど味わい深い。

お年玉の地球儀

小さな地球儀も展示されていました。「墨汁一滴」の初回に書かれている、弟子の寒川鼠骨(後に子規庵を管理した人)の贈り物ですね。明治34(1901)年1月16日付です。

「この地球儀は二十世紀の年玉なりとて鼠骨の贈りくれたるなり。直径三寸の地球をつくづくと見てあればいささかながら日本の国も特別に赤くそめられてあり」

新しい年を迎えた病床の子規は地球儀を眺め、100年後の日本を取り巻く情勢がどうなっているだろうかと思いをはせます。そんなことを考えもしますが、このプレゼントはかなりうれしかったようで、1月28日付でも再び取り上げています。

「年玉を並べて置くや枕もと」

鼠骨は地球儀以外にも絵はがきや絵草紙なども贈っていたようで、子規は実用品でないところが贈る方は気安く、贈られる方は興味が深くなるからいいんだと言います。眺めたり、読んだりしていると、このプレゼントの取り合わせに相手の趣味がにじみ出て「興尽くる事を知らず」と、病床での新年のささやかな楽しみを満喫したようです。

湯たんぽや体温計など、子規には欠かせなかったアイテムも。でもこういうのも見ると、どうしても泣き叫ぶ子規を思い浮かべてしまいますね。

「をかしければ笑う。悲しければ泣く。併し痛の烈しい時には仕様がないから、うめくか、叫ぶか、泣くか、または黙つてこらへているかする。其の中で黙つてこらへて居るのが一番苦しい。盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少しく痛が減ずる」(明治34年4月19日)

ともあれいろいろなもの見ることができてよかったです。機会があれば神奈川の近代文学館の特別展にも行ってみたいなあ。子規記念博物館の特別展は5月29日まで。興味のある方は是非!

参考文献「子規全集」11巻

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posted by むう at 19:05| Comment(0) | 生誕150年その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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