2017年07月13日

文アルで考える子規と漱石

双筆神髄:夏目漱石と正岡子規.png

みなさんこんにちは。文アル7日目を迎えた7月11日、ついに漱石先生が転生してくれました。7日間連続でログインすれば転生するというキャンペーンのおかげです。鴎外を取り上げて漱石を取り上げないわけにはいきませんので、今回もまた文アルの話です。

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新作落語に行かないか?

漱石子規手紙トリミング.png

早速、子規と同じ会派に漱石を加えて悦に入っていたところ、漱石から子規に手紙が届きました。ご覧の通り、新作落語に誘っています。ご存じの方も多いかと思いますが、2人が仲良くなったきっかけの一つが寄席でした。「子規と漱石②」でも紹介しましたが、「ホトトギス」の子規七回忌号に長い談話を寄せた漱石はこう語っています。

彼と僕と交際し始めたも一つの原因は二人で寄せの話をした時先生(子規)も大に寄席通を以て任じて居る。ところが僕も寄席の事を知つてゐたので、話すに足るとでも思つたのであらう。それから大に近寄て来た

「早くうちに来て!」by金之助

この談話では子規のことがおもしろおかしく語られています。例えば冒頭で、子規が愚陀佛庵に転がり込むことになった経緯を「自分のうちへ行くのかと思つたら自分のうちへも行かず親族のうちへも行かず、此処に居るのだといふ。僕が承知もしないうちに当人一人で極めて居る」と、勝手にやってきたかのように回想しています。

でも、これ漱石一流の脚色なんですよね。実際の子規は明治28年8月25日の朝、松山に帰ると、いったん母の実家大原家に寄っています。それを知った漱石は27日付で大原宅の子規宛に手紙を出し、次のように書いています。

「御不都合なくば是より直に御出であり度候」

「荷物なんかは後で送ってもらえばいい。とにかく体一つでいいから早く来い」とも言っています。寂しかったんですね。子規は漱石のリクエスト通りその日のうちに転居し、こんな句を作っています。

桔梗活けてしばらく仮の寓居哉

この漱石の下宿「愚陀仏庵」で子規は、漱石も巻き込んで柳原極堂ら地元の俳句仲間と連日句会を開くようになりました。52日間をここで過ごし、体力が回復すると漱石たちと吟行にも出かけ、さらに「俳諧大要」を執筆。地元の「海南新聞」に漱石たちの俳句を掲載するなどして俳句革新に本腰を入れる準備に力を注いだのでした。

先の漱石の談話は、実際のところはどうあれ、子規の兄貴分気質が伝わってくるのがいいところなのですが、漱石が子規の転居を心待ちにしていたということをはっきりさせたくて重箱の隅をつついてみました。すみません。

夏目!野球しようぜ!

子規漱石手紙トリミング.png

文アルに話を戻します。今度は子規から漱石への手紙が届きました。少年野球の助っ人になってくれと頼んでいます。子規の野球好きについては、ここではことさらに説明はしませんが、「昔よくやったじゃないか、頼む」という結びの部分が気になりました。漱石は子規と野球をしたのかどうか。子規はキャッチャーでならしましたが、果たして漱石はどうだったんでしょう?そもそも野球好きだったんでしょうか?

漱石はボートマン

「私の経過した学生時代」を読むと、ボートが好きだったことが語られています。熊本の五高に赴任したときはボート部の部長も務めましたし、器械体操が上手かったという話もあります。小さい頃から病気がちでしたが、運動が嫌いというわけではなかったようです。野球については「我輩は猫である」ではダムダム弾のくだりで皮肉たっぷりに書いていますね。

落雲館に群がる敵軍は近日に至って一種のダムダム弾を発明して、十分の休暇、若しくは放課後に至ってさかんに北側の空地に向って放火を浴びせかける。このダムダム弾は通称をボールと称えて、擂粉木(すりこぎ)の大きな奴を以て任意これを敵中に発射する仕掛である。いくらダムダムだって落雲館の運動場から発射するのだから、書斎に立て籠ってる主人に中(あた)る気遣はない。敵といえども弾道のあまり遠過ぎるのを自覚せん事はないのだけれど、そこが軍略である。旅順の戦争にも海軍から間接射撃を行って偉大な功を奏したと云う話であれば、空地へころがり落つるボールといえども相当の功果を収め得ぬ事はない。いわんや一発を送る度に総軍力を合せてわーと威嚇性大音声を出すにおいてをやである。主人は恐縮の結果として手足に通う血管が収縮せざるを得ない。

一高と早稲田の野球観戦記もあったはず、それを読めばヒントあるかもしれないと思ったのですが、手元になく確認できませんでした。

ちなみに、漱石の愛弟子寺田寅彦は野球熱中組。「野球時代」という随筆も書いており、手作りの道具で遊んでいた影響で左手の薬指が曲がっていたことを明かしています。

私の短時間の調べでは漱石が野球をするのが好きだったか、分かりませんでしたが、子規が誘ったことがあったにしても、漱石はプレーするのは好まなかったんじゃないでしょうか?もしそんなことがあったら子規が書き残すでしょうし、漱石も思い出話で触れると思います。子規と野球は俳句と同じように切っても切り離せないものの一つですから。

文アルの漱石は少年野球の助っ人を請け負うのかどうか。ゲームを続けて確認したいと思います。そういうシーンがあったら本気でこのゲームに感動します。今のところ、攻撃を受けすぎた子規が「絶筆」寸前に「筆冊奥義」(必殺技)を繰り出し、「俺は一人じゃない!」と叫んだシーンに一番グッときました。いかん…文アルブログになりそうだ…


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posted by むう at 08:00| Comment(0) | 文アル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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