2017年07月01日

子規の短歌①妻子らとむつみかたらふ夢さめて砧うつ音旅にしありけり

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子規庵の居間

妻子らとむつみかたらふ夢さめて砧うつ音旅にしありけり

子規の短歌を初めて取り上げます。明治32(1899)年7月2日の子規庵での歌会で出された歌です。出席者は子規のほか、河東碧梧桐、香取秀真(ほつま、鋳金工芸作家としても著名)ら7人でした。

有名な作品を取り上げようか迷いながら「竹乃里歌」と歌会稿を収めた全集の六巻をパラパラとめくって夏の歌をあれこれ見ていたら目に止まったのがこの一首です。

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子規のあこがれ

子規が妻や子供と語らう夢を見ていたのか。一読して切なくなってしまいました。しかも夢が覚めたら砧(きぬた)を打つ音がしていたなんて。砧は洗濯物のシワを伸ばす道具です。今で言えば奥さんがアイロンをかけているという感じですね。目覚めて夢だったと気づいたとき、砧を打っているのが嫁さんだったら…。ああ切なすぎる。

人とのつながりを求め続け、話すことが大好きだった子規。もしもこの夢が実現していたらきっと賑やかな家庭を築いたでしょう。しつけにもやかましく…なんてことを考えてしまいました。

苦痛の中で

歌会での兼題は「旅」。若かりし頃の旅でこういう夢を見たのを思い出したのでしょうか。それともこの時期にこういう夢を見たのでしょうか。この年5月には、お尻に新しい穴が開き、寝返りも困難になっていました。包帯交換の苦痛も激しさを増していました。もはや「妻子と語らう」ことは叶わぬ夢と分かっていたはず。そんな時期にこういう歌を詠んだ心境はどうだったのでしょう。

この会では3人がこの歌を取り、碧梧桐ら2人が「天」に選んでいます。さすが碧梧桐、よく分かっていますね。子規は「竹乃里歌」にもこの歌を収録。7月24日付けの新聞「日本」にも発表しています。

家庭の団らんを大切に!

ちなみに子規は後に「病牀六尺」で家庭の団らんが大切だと書いています。

日本の習慣では、一家の和楽といふ事が甚だ乏しい。それは第一に一家の団欒といふ事の 欠乏して居るのを見てもわかる。一家の団欒といふ事は、普通に食事の時を利用してやるの が簡便な法であるが、それさへも行われて居らぬ家庭が少なくない。先ず食事に一家の者が 一所に集まる。食事をしながら雑談もする。食事を終へる。また雑談する。これだけの事ができれば家庭は何時までも平和に、何処までも愉快であるのである。(明治35年7月18日)

妹律の看護のありように不満を抱いてしまって、家庭教育、女子教育のあり方、「妻たるものの職分」まで説く子規。一家団らんの時間を作れば愉快で楽しい家庭になる。子供の性質も明るく平和になる。親の会話から子供は自然に学ぶ。家庭での教育が自然と行われることになり、その深く浸み込むことは学校教育の及ぶところではない。

子規が描いていた理想の家庭像。現代にもそのまま通じる指摘ではないでしょうか。
※参考文献「子規全集六巻」(講談社)「病牀六尺」(岩波文庫)



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posted by むう at 12:38| Comment(0) | 子規の俳句・短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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