2017年06月02日

子規の庭

法隆寺.jpg

柿喰へば鐘が鳴るなり法隆寺

正岡子規の代表句。などと言う必要がないぐらい有名な俳句ですよね。

明治28(1895)年夏、日清戦争に従軍記者として参加し、帰国の戦中で大喀血して病気を悪化させた子規は療養のため故郷の松山に戻ります。当時松山中学の英語教師をしていた夏目漱石の下宿愚陀仏庵で50日余りを過ごし東京へ向かいます。

漱石に借りたお金で旅立った子規は奈良に立ち寄り、この句を詠みました。このあたりの話は、いずれまた書こうと思います。で、何を書くつもりなのかと言いますとですね。

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奈良へ!

私、奈良に行ってきたんです。ちょっと関西に行く機会がありましたので。時間的には厳しかったのですが、行けるとこまで行ってやろうとまずは法隆寺へ。

分かってはいましたが、修学旅行生がいっぱい。久しぶりでしたのでゆっくり見たかったのですが、時間がないから駆け足駆け足でまわりました。百済観音は何度見てもいいですね。

子規が泊まった旅館

で、後ろ髪を引かれる思いで向かったのが、子規が泊まった旅館「對山樓(たいざんろう)」です。

今は旅館ではありませんが、「子規の庭」なるものが整備されているということで興味をそそられたのでした。

明治23年、若き日の子規の随筆集「筆まかせ」に「書斎及び庭園設計」という一文があります。

只学校なりとも卒業したる上のたのしみは 我心に一応の満足を与ふべき書斎と庭園とをつくるこを得ばそれにて十分なり

子規は設計図を載せ、このあたりにはこんな花を植えて、といった具合にこまごまと説明を加え、「総て日本風の雅趣を存すべし」とささやかな将来の夢を書きとめたのでした。

子規の夢が…

「子規の庭」は、この子規の夢を現実のものにするというコンセプトで整備されたらしいのです。

秋暮るゝ 奈良の旅籠や 柿の味
という子規の句碑も建てて。

奈良市観光協会のサイトにはこんな感じで紹介されています。

子規のセンスを体感できる。そんな思いを膨らませて行ってみたら…

_子規の庭.JPG

こうでした。

雅趣がどうもこうもありません。

この庭造りにどなたがかかわったのか、どういう団体が管理しているかは書きません。
造られた方々に一言申し上げようかと考えるのも虚しいような何とも複雑な気分になりました。
生誕150年。残念です。

※6月末時点での話ですが、最近手入れがなされてきれいになったそうです。どんな感じなんだろ。みたい。やはり趣があるのは秋らしいです。行ったら写真も撮ってまた書きます!
参考文献 「子規全集(講談社)」十、二十二巻



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posted by むう at 15:16| Comment(0) | 生誕150年その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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